ポケモンの強化学習AI(5)

ただランダムに攻撃してくるだけの相手に勝つ方法を模索している

ポケモンの最適解を知るため、強化学習を勉強している。

現在は、下記のルールで定義される簡易版初代ポケモンにおいて、 JustAttackPlayer というただランダムに攻撃してくるプレイヤーに勝利することが目標。

  • ダメージ計算は本物のルールと同じ
  • 「まひ」などの状態異常、追加効果、PP、「みがわり」や「じこさいせい」などの変化技は考慮しない
  • 下記 3 種類から 6 体を選出(重複あり)
    • サイドン
      • じしん
      • なみのり
      • のしかかり
      • いわなだれ
    • サンダース
      • 10 万ボルト
      • にどげり
      • ミサイルばり
      • のしかかり
    • スターミー
      • なみのり
      • 10 万ボルト
      • サイコキネシス
      • ふぶき

相手がただランダムに攻撃を繰り出してくるだけであれば、AI 側は有利なポケモンに交代して急所を突けば 100%近い勝率で勝てるはずのだが、実装中の AI はそういう行動を取ってくれない。試したことを本記事にまとめていく。

エピソード数を極端に増やす

ここでいう「エピソード」とは、一回の対戦のことだ。普段は 10,000 エピソードでやっていて、試しに 1,000,000 エピソードにしてみたが、結果はほとんど変わらなかった。

6 体ではなく 1 体選出にして実験

ポケモンの交換にハードルがありそうなので、一旦 1:1 でどうなるか見てみた。

1. 同じキャラで対戦

スターミー vs スターミー

  • 予想: AI は 「10 万ボルト」だけを選ぶようになる
  • 結果: 予想通り

初回の各アクションの評価値はこのようになっていた。追加効果が無いルール下なのに、「なみのり」が「サイコキネシス」「ふぶき」より低いのは気になったが、まあ良いだろう。

わざ評価値
なみのり1.08013507
ふぶき1.01979777
サイコキネシス1.02257167
10 万ボルト1.12629682

ちなみに、バトルのログを出力できるようにしており、 --debug を引数で与えるとこういうログが出力される。

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サンダース vs サンダース

  • 予想: AI は 「のしかかり」だけを選ぶようになる(電気は半減だから、10 万ボルトは選ばれない)
  • 結果: 予想通り

初回の各アクションの評価値はこのようになっていた。

わざ評価値
10 万ボルト0.59328783
のしかかり0.62921857
にどげり0.4926584
ミサイルばり0.4386187

ただし、正しく学習できていない場合があった。全く同じコードで学習しているにもかかわらず、学習が安定しないというのは、参考書に事例としてあったが、手元でも再現できるとは…

対策として、単純にエピソード数を増やせば、この状態にならなくなった。通常は 10,000 エピソードでやっているが、それを 100,000 に増やすと、この現象はなくなった。

サイドン vs サイドン

  • 予想: AI は 「なみのり」もしくは「じしん」だけを選ぶようになる(どちらでも勝率は同じ)
  • 結果: 予想通り

初回の各アクションの評価値はこのようになっていた。「なみのり」の方が大きいダメージを与えられることをなぜか認識しているのが面白かった。急所を考えても、どちらも 2 発で倒せるので、変わらないかと思ったが。「いわなだれ」とかの行動も学習の初期では実行されるから、それらのセットで計算されたのだろう。

わざ評価値
じしん0.77746616
いわなだれ0.44575743
なみのり0.81661485
のしかかり0.54310359

面白かったのが、安定して勝てるようになるまでは、スターミーの時と比べてより多くのエピソード数が必要だったことだ。この画像のように、エピソードが 15,000 を超えたくらいから、やっと勝てるようになる。この傾向は何回試しても同じだった。

image

先述のサンダースの件とも共通点しているのは「勝てる行動がはっきりと分からなそう」ということだ。例えば、

  • サイドンであれば、「なみのり」「じしん」どっちでも勝てる
  • サンダースが「のしかかり」と「10 万ボルト」与えるダメージは近い
  • 敵もランダムとはいえ相応のダメージを与えてくる

このことから推測できるのは、「成功体験を積むのが早い方が、学習が進む」ということか?人間でもそれは本当にそうだが。

2. AI にとって不利なキャラ選出

最悪の相性といってよい、

  • AI: サンダース
  • 敵: サイドン

の組み合わせを試してみた。 AI が勝つためには、「にどげり」を急所に当ててダメージを稼ぎつつ、敵が「じしん」を選ばない可能性に賭け続けるしかない。

  • エピソード数: 100,000
  • 予想: AI は 「にどげり」だけを選ぶようになる
  • 結果: ほぼランダムに近い行動しか取らない!

初回の各アクションの評価値はこのようになっていた。

わざ評価値 (*1000)
10 万ボルト0.171788381
のしかかり9.19548280
にどげり-4.83512550
ミサイルばり3.59839882

なぜか「にどげり」の評価値が低い。これでは勝てないw

次に、相手のサイドンが「じしん」以外を選んだ場合はこうなっていた。(「じしん」の場合、確定 1 発なのでゲームが終わってしまう)

  • AI: サンダース (残 85%)
  • 敵: サイドン (残 94%)
わざ評価値
10 万ボルト-0.01571551
のしかかり0.05194992
にどげり-0.04728442
ミサイルばり0.03635794

ここでも、「にどげり」の評価が低すぎる。原因は、100,000 回のエピソードで、勝ったのはわずか 154回という、「成功体験の少なさ」だと思われる。確かに、現在の報酬は「勝利」だけなので、データが少なくほとんど学習が進まないことになってしまうのだろう。

敵が最初からそこそこ強い行動を取ってくる場合、成功体験が無いため学習が進まない。

小さな成功体験を積むため、 敵に与えたダメージを報酬に入れた方が良さそう だ。さっそく与ダメージを報酬に入れる実装を開始しても良いのだが、その前に強化学習でたまに出てくる「カリキュラム学習」を取り入れる実験をしてみたい。「カリキュラム学習」とは、最初は簡単なタスクをこなし、徐々に複雑なタスクを実行できるようにする、というものだ。

カリキュラム学習

AI「サンダース」が、敵の「サイドン」に少しでも勝つために、学習を 2 段階に分ける。

  • ある回数までは、敵サイドンが「なみのり」しかやらない状態でトレーニング
  • 次に、敵サイドン任意の行動を取れる状態でトレーニング

これで、 各アクションに対して正しい評価値を出力できていれば、カリキュラム学習の成果があると言える。

実装

カリキュラム学習の境界は、ここでは 50,000 対戦とした。サイドンが「なみのり」しかできないとはいえ、サンダースはサイドンにほとんどダメージを与えられず勝率が低いはずなので、それなりの試行回数が必要だと思ったためだ。

実装的にはこんな感じ。

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if episodes < 50000:
    self.opponent = JustAttackPlayer(
        [
            p.Rhydon([m.Surf(), m.Surf(), m.Surf(), m.Surf()])
        ]
    )
else:
    self.opponent = JustAttackPlayer(
        [
            p.Rhydon([m.Earthquake(), m.RockSlide(), m.Surf(), m.BodySlam()]),
        ]
    )

結果

50,000 エピソードまで

当然といえば当然だが、各技に対する評価値は正しくなっていた。

わざ評価値
10 万ボルト0.65001931
のしかかり0.69079102
にどげり0.86724983
ミサイルばり0.56955266

100,000 エピソード

ところが、100,000 を実行すると、「ミサイルばり」を評価するようになってしまった。特に序盤。

わざ評価値
10 万ボルト-0.02667049
のしかかり-0.09929604
にどげり-0.0216659
ミサイルばり-0.01326972

恐らくだが、 50,000 を超えた分に関しては、「にどげり」を使っても負けることが多いため、評価値が低くなってしまうのだろう。

カリキュラム学習(改)

ランダムだと評価値が逆転してしまうのを回避するため、エピソード数を増やすにつれて、「弱サイドン」の出現数を確率的に減らすようにしてみた。

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if episodes / max_episodes < random():  # <------------ ここ
    self.opponent = JustAttackPlayer(
        [
            p.Rhydon([m.Surf(), m.Surf(), m.Surf(), m.Surf()])
        ]
    )
else:
    self.opponent = JustAttackPlayer(
        [
            p.Rhydon([m.Earthquake(), m.RockSlide(), m.Surf(), m.BodySlam()]),
        ]
    )

結果はこうなった。

わざ評価値
10 万ボルト0.35495972
のしかかり0.61806889
にどげり0.47822885
ミサイルばり0.32660102

今度は「のしかかり」の評価が高くなってしまった。学習の様子としては、15,000 回くらいで勝率 6-7 割をマークし、そこから下がる、という想定通りの動き。何回試しても、「にどげり」を選択するようにはなってくれなかった。

うーん、うまくいかない。

「過学習」と思われるので、色々調べた結果、データが不足している場合に過学習になりにくいとのことだったので、エピソード数を 200,000 に増やしてみた。その結果、 初手「にどげり」を選択するように 、改善された。

わざ評価値
10 万ボルト0.46917974
のしかかり0.26899481
にどげり0.58559038
ミサイルばり0.51377925

ただし、ゲームの後半(4 ターン以降)になると、なぜか「ミサイルばり」を打つようになってしまった。

わざ評価値(4 ターン目)
10 万ボルト0.3876465
のしかかり0.14505879
にどげり0.45607543
ミサイルばり0.51325985

そのまま「にどげり」やってれば勝てるのに、歯がゆい。ちなみに、性能評価は「なみのり」しか打たない「弱サイドン」の方で実験している(通常サイドンだと、「じしん」でゲームが終わってしまうので、効率が悪い)。

これは、ゲーム後半になると、「にどげり」を打って負けるシーンが多かったため、このように学習してしまったのだろう。そこで、エピソード数を更に増やして 500,000 エピソードで実験した結果、全てのターンで「にどげり」を出すようになった!

わざ評価値
10 万ボルト0.6476353
のしかかり0.47632443
にどげり0.80536741
ミサイルばり-0.27786236

効果が無いはずの「10 万ボルト」の評価がやや高いのが気になるが、学習の回数を増やせば、常に「にどげり」を出してくれることが分かったので、一旦カリキュラム学習に関してはこれで良しとする。

ここまでで、分かったことは

  • 強化学習において、極端に勝ちやすかったり、勝ちにくかったりすると、学習が全然進まない
  • カリキュラム学習で、最初は「手加減」し、徐々に難しくしていくことで、学習がはかどる
  • ただし、カリキュラム学習は(カリキュラム学習しなくて良いケースと比較して)通常より多いエピソード数が必要

こうしてみると、人間とそっくりで面白い。確かに、問題が簡単すぎると、「解ければいいや」となり、それ以上学習しないしな。

次の予定

カリキュラム学習で時間を使ってしまったので、「与えたダメージを報酬に入れる」というのは次回に回す。

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